次女が興味を持ったのをきっかけに、いっしょに囲碁を覚え始めた。
私は将棋はまあまあ好きで、特に2011年の第1回将棋電王戦以降は観戦もよくしていた。 将棋ウォーズでは最高1級。定跡や詰将棋をやっていない相手には、まず負けない程度のレベルまでは来たと思う。 2021年に仕事を変えたタイミングで、仕事に集中するため将棋系のアプリはすべて消した。
囲碁を始めた今の気持ちを、いくつか書き残しておきたい。 否定的な内容が多めだが、「囲碁はめちゃくちゃ面白いゲームだ」という前提で、あくまで今の時点で将棋と比べて感じたことである。 将棋のほうが面白いと言いたいわけではない。
相手の碁石をとるゲームではなかった
なんとなく「陣地を取るゲーム」だとは知っていたが、碁石を取ることは思っていた以上に重要ではなかった。
囲碁は、自分の石で囲ってある「部分」を増やすゲームである。 ポイントは囲ってある部分であって、自分の石がある場所自体は加点にならない。
そのため、自分の石を無駄に置かないことがとても重要になる。 陣地を守るつもりで何気なく置いた石が、実は不要で、結果的にマイナス1点になる、ということが普通に起こる。
終わりがわかりにくい
もし「囲碁は終わりがわかりにくい」というイメージを持っているなら、それは正しい。 いっそ最初から「囲碁は勝ち負けがわかりにくいですよ!」と教えたほうがいいと思う。 そうでないと、「え? そんなにわかりにくいわけがない」と思って混乱する。私はそうだった。
将棋は王を詰めば終わる。 しかし囲碁は、攻め続けて勝つゲームではない。
相手が投了することはあるが、普通は終盤になってお互いがパスをしたら終わりになる。 置いても得する手がなくなった、とお互いに判断した時点で終局に向かう。
終盤では、 「もうここからは攻めない」 という暗黙の合意のもと、どちらの陣地とも確定していない部分を埋める作業が始まる。 それが終わって、お互いにパスをしたら対局終了だ。
今では普通に感じるが、最初は「なんじゃそりゃ」と思った。
紳士協定の上で終わりの作業があるゲームって、他にあるだろうか。 囲碁を普及させるなら、フェーズをもう少し明確に分けてもいいのでは、と思ってしまう。
なぜ負けたのかわかりにくい
上手い人と打つと、気がついたら負けている、という感覚になる。
大量の置き石ハンデをもらっているのに、どんどん侵入される。 こちらが置いた石が逆に利用され、次々と取られていく。
どこで戦いが起きているのか自体、よくわからない。攻められてると思った反対側のための布石だったということが当たり前にある。 将棋なら「ここを集中攻撃された」「守りが固かった」と納得しやすいが、囲碁はそれが見えにくい。
勝敗が途中経過を見てもわかりにくい、最後になってもわからない
これは単純に将棋との差だが、観戦してわかりやすいのは将棋だと思う。
「王を詰ますゲーム」だと知っていれば、 穴熊を見れば守りが固いとわかるし、持ち駒が多ければ有利だと感じられる。
囲碁は、どちらかが圧勝していない限り、外から見てほとんどわからない。
私は19路盤ではなく、9路盤や13路盤で打っているが、 すべて打ち終わっても勝敗がわからないことが普通にある。 数えて、ようやくわかる。
これも、大きな違いだと思う。
打った手を逆用されることが多くとてもイライラする
囲碁では、良かれと思って打った手が、相手に逆用されて一気に取られることがある。
ある石を助けようとして横に打ち、 その石を助けるためにさらに横に打ち、 結局3つとも取られてしまう、というようなことだ。
将棋で言えば、歩の手筋ばかりの世界にいる感覚に近い。 1手目では良さそうに見えた手が、3手、5手のまとまりで見ると完全に悪手になっている。
時間をかければ理屈で理解できるだろうが、 実際は「どれだけ知っているか」という世界でもある。 知らないままやられると、正直かなりイライラする。
囲碁は駒の種類が1つしかない。 全部が歩の手筋の組み合わせみたいだ、と今は理解している。
ハンデが付けやすい
これは囲碁の良いところだと思う。
将棋の駒落ちに比べて、囲碁の置き石は非常に自然なハンデだ。 将棋の駒落ちは、指し方も守り方も根本的に変わってしまうが、 囲碁ではそこまで変えずに同じゲームをそのまま楽しめる。
そこまで考えて打たなくても楽しめる?
将棋だと飛車や金などの重要な駒を序盤に取られたら終わりという、序盤の1手のミスで取り返しがつかなくなるという緊張感とある種のつまらなさがあるが、囲碁はそれよりもひっくり返せるチャンスが大きいと感じる。
なぜ囲碁は将棋のようになれなかったか
囲碁は将棋より人口の減りが激しいということを聞いて個人的に感じた理由は以下の通り
- とっつきにくい。何回か遊んだぐらいではわからない。今の時代ではかなり厳しい。昭和なら親や兄妹がやってて、それでしか遊べない、羨ましくてやりたくてしょうがないという閉鎖的な環境があったんだろうなと思う。
- 囲碁は観戦していてわかりにくい
- 将棋AIが人間といい勝負をできるギリギリのタイミングで電脳戦を開催して盛り上げることができた(あと3年早ければもっと盛り上がったと思う)
- ニコニコ動画での生中継を早々に取り入れた。名人先頭の2日間対局の完全中継やリーグ戦最終局の9局同時中継など非常に盛り上がった
- 羽生善治、藤井聡太など実力もあり個性もあり応援したくなるスターが誕生した
- ネット対戦しやすい。承知は画面サイズがそれほど大きい必要がなく、3分切れ負けなどの短時間ルールでも十分に楽しめる
こうして振り返ると、電脳戦やニコニコ動画での中継を決断したのは故米長邦雄永世棋聖が会長だった時代であり、米長さんがこの将棋界の10年20年を作ったといっても過言ではない気がする。
魅力
将棋を考えるとき、私の頭の中では 一本の線が二本に分かれ、それが三本、五本と分かれていく、 樹形図のようなイメージがある。
囲碁は違う。 無数の点が星空のように広がり、 そこから線が引かれて星座が生まれ、 陣取り合戦が始まる。
あるいは、シャボン玉で作った泡をいくつも合わせ、 手でそっとまとめていくような感覚。
似ているようで、まったく違う頭の使い方だ。 脳を組み替えられるような楽しさがある。
囲碁、やりましょう。