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高専の良かったところについて

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*天気が良かった最寄の駅


昨日、卒業して以来12年ぶりに母校の岐阜高専に行ってきました。お世話になった先生方に会えるということだったので、何かお礼伝えるなら何がいいかと考えました。その中で思い浮かんが高専って良かったなあということについて書きます。
以下、高専と書いた時には”僕の思い出の岐阜高専”のことを指します。

先生が高専生を好きだった

高専には基本的に高専生を好きな先生ばかりでした。(*ただし専門外の国語、英語、美術の先生方は高専生を憎んでいた)

そのためどれだけ怒られても、謝れば「しょうがないな」と許してくれる安心感がいつもありました。
悪いことをすると怒られるというよりは「つまらないことをするなあ」と言われることが印象に残ってます。小さないたずらより、もっと大きなこと、面白いことをやれという期待を感じました。

年間30回の実験とレポートが厳しかった

高専では毎週実験とレポートの提出というのがありました。
印象に残っているのはレポートの方で、こちらは仮説、実験内容、実験結果、考察という内容でまとめるのが決まりでした。
レポートは適当に書くと必ず再提出になります。私の再提出の理由で多かったのは実験結果と考察がごっちゃになっている場合でした。文章でいうなら事実と意見を混ぜるなということでしょう。
今でこそ当たり前のことに思えますが、当時はよくわかっていませんでした。しかし何度も赤ペンが入れられ、再提出をすることでその意味と大切さがわかってきました。
「仮説を立てて実験をし、結果を分析して、振り返る」
この当たり前のプロセスが体に染み付いたことは今の仕事にすごく役立っています。

よくなかったところ

中退する人、留年する人が結構いる。(最近は少ないらしい)楽しかったというのは生存者バイアスだと思う。寮の生活は大変そうだなあとか、40人で5年間の学校生活は異常だよなとか、全然彼女ができないよなとかってのはある。

まとめ

幼稚園、小学校、中学校とどうも集団生活に馴染めなくて、周りの人と自分はなんか違うなと思っていた僕が初めてしっくりきたのがあの時の岐阜高専でした。僕は高専にいる間は普通の生徒のように感じれました。自分自身は何てつまらなくて頭の悪い人間なんだと思えたのはとても良い経験でした。